次の入院まで
N病院入院中は、24時間かのんは付き添いだった。
日中仕事の途中の主人と交代して、私は家のことを済ませていた。
入院の翌日から主人の母が、我が家に手伝いに来てくれていたので、夕飯の買物をしたり、
掃除洗濯や、上の子との限られた時間を過ごした。
長女は、いつものようによく泣いていて、年中さんの頃からの「神経性頻尿」がまた
振り出しに戻った感じで、
次女は、夜の寝つきが悪いらしい。二人ともママがいい、と
泣くらしい。ごめんね。でも、がんばれ。
2004年11月22日
主治医からお話があった。主人も一緒だった。
とても険しい顔をしているその先生にはこの時初めて会って、この先生が主治医だと始めて
知った。
カンファレンスルームと書かれた部屋に看護婦さんに通され、重苦しい空気が流れた。
「お母さん、こんなに(腫瘍が)大きくなるまで何か変化がなかったのですか?」
「・・・ハア、一ヶ月前からちょっと機嫌が悪いぐらいでした。
この月齢だしあたりまえかな、と
流していました。」ますます険しい表情の主治医。
「まぁ、お姉ちゃんに突き倒されて脳震盪起こしたことは、不幸中の幸いでしたね。」
更に話を進めて。
「まずですね、脳外科のDr.全員で協議した結果、この子にはこの病院で手術するのが
適当ではないと、
判断しました。県立こども病院に紹介状を書きますので、そちらに行ってみてください。」
「そこは、どこにあるんですか?どういう病院なんですか?」
「後で、地図を渡します。こども病院と言う位ですから、こども専門に扱っています。
この子にしてみれば、
一番いい選択だと思います。例えば、手術の後遺症でリハビリが必要になるので、
やはりそういう点で子供専門
なので。それから、外来の予約を取ります。後で、紹介状とMRIのフィルムを用意
しますので、
退院の手続きをしてください。」
「・・はい。」???私達は、他の病院に行くだなんて思いもしなかったので、動揺した。
主治医は、看護婦さんにこども病院に電話して予約を入れるように指示した。
その後、26日に予約がとれて、外来に行くことになった。
でも、もしかしたらそのまま入院になるかも知れないので、
入院の準備をして行ったほうが良いと言われた。
何が何だか私たちは、話が飲み込めなかったが、言われるがまま退院の手続きをして、
MRIフィルムと紹介状を受け取り、
短い入院生活を送ったN病院をあとにした。
いったいこれからかのんにどんな事が起きるのか、考えたみたが想像出来なかった。
こども病院は、C市にあり、うちから車で一時間以上はかかるだろう・・。そんな遠い所へ
行くのか・・。
私は、付き添うから、家の事が心配だし、何より上の子達はどうなるんだろう。
でも、考えても仕方が無い。かのんは病気を治さないといけないしね。
家族皆で、頑張って何とかなるさ!
その後、久しぶりに家に帰ったかのんは、お姉ちゃん達と遊ぶでもなくただただ、機嫌が悪かった。
私は、幼稚園の役員をやっていたので、この先の仕事はもう出来ない、と委員長に電話した。
それから、かのんが入院した日に近所のお友達のお母さんが急死して、まだお線香も上げに行って
なかったので、家に伺った。
遺影はとてもとても綺麗で、今にも自転車に乗って行きそうだった。祭壇には沢山の、イ・ビョンホン
の写真、DVDなどが並んでいた。
悲しすぎる・・。子供たちは、私と目を合わせてはくれなかった。
小学生で母親を亡くすということは、いったいどれ程の悲しみなんだろうか。考えたら、とても
とても切なかった・・。
11月24日
長女の音楽教室へ行った。私は、レッスン中何も頭に入らなかった。周りが何もかもぼやけていた。
11月25日
明日は、こども病院。
次女が七五三の3歳のお祝いで、延ばすのはかわいそうだから記念写真を撮りに行った。
もしかしたら、かのんと揃って家族写真はもう、撮れないかと思い、ドレスを着て普通なら喜ぶだろうに
、
一向に機嫌の悪いかのんも何とかあやし、やっと撮れた。
三人娘のドレス姿は今でもはっきり覚えてるよ。みんな、とてもかわいかった。
かのんは、あたま、「イタイイタイ」と、必死で訴えていた。
11月26日
こども病院初診
主治医は、先日N病院で撮ったMRIフィルムを見ながら、私たちでも飲み込めるように
優しく説明してくれた。
画像から判断して、おそらく悪性でしょう。
手術と抗がん剤治療が望ましいです。
大きさからして、予後は大変厳しい事が予想されます。
手術すると、様々な後遺症が残ります。このまま放って置くと、亡くなります。
命か後遺症かということです。
手術と抗がん剤治療で半年は入院となるでしょう。
すべては、手術して摘出した腫瘍細胞の種類によりますが、予後はかなり厳しいです。
はい。
そう答えるのが、やっとだった。用意していたはずの質問も頭の中で吹っ飛んでしまった。
空気が真っ白になった。先生の声がだんだん遠ざかって行く。
かのんを抱きしめた。
今すぐ何処かへ逃げ出したかった。
誰もいない、病気の無い世界へ、かのんと一緒に逃げ出したかった。
私が代わってあげられたら・・・。
ねえ、先生嘘でしょ?だってまだ、生まれて2年も経ってないのに・・・。
何で、何で・・・?
そして、いつの間にか泣きじゃくっていた私を先生はしっかり見ながら、
「お母さん、こちらで手術の準備が整ったら、入院の日にちを連絡しますので、
今日はこれで一旦お帰り下さい。」
と、本当に優しく言った。
私は、このお医者さんに全てをたくそう。
そう、願ってやまなかった。
そして、何だか私の気持ちは切り替わり、実は今日入院するのかと思って、荷物も持ってきちゃった
んです。と、先生に笑って言った。
そして、これからどうぞよろしくお願いします、とこども病院をあとにした。
帰り道、私たち夫婦は、お互い自分の気持ちを整理するのでいっぱいで、あまりしゃべらなかった。
ただ、二人でかのんを信じるしかなかった。